福田学会長が印刷功労賞を受賞

社団法人日本印刷産業連合会が主催する「9月印刷の月 記念式典」が9月12日ホテルニューオータニで開催され、関東島原半島会第5代会長の福田学さんが「印刷功労賞」を受賞されました。

 

印刷功労賞をいただいて

三郷コンピュータ印刷(株) 福田学

この度、ホテルニューオオタニで開催された全国大会、「9月の印刷の月」にあたって、印刷功労賞をいただきました。 まさか私がいただけるとは思ってもいませんでした。誠にありがとうございます。昭和32年に上京してから印刷に関わり、尺貫法の時代から55年間、印刷一筋にやってまいりました。

最初は活版印刷、34年からは、レジフォーム印刷、次にビジネスフォームと、フォーム印刷の草創期から凸式印刷一筋に携わって来たことへのご褒美かと有難くいただきました。

大変面倒な作業を必要とした亜鉛凸版の印刷を経験して、昭和40年代に入って液体型樹脂凸版印刷時代へと移り、40年代後半には厚み精度の高い固形の樹脂凸版へと進化しました。

一方30年代後半だと記憶していますが、ビジネスフォーム印刷も凸式印刷から、寸法出しが簡単で、亜鉛凸版より印刷がきれいなオフセット印刷へと大半が移行して行きました。しかし、固形の樹脂が出来てからは凸式印刷に惚れて、機械の研究と製版の研究に没頭したのは、この頃からです。0.5ポイントの漢字(1ポイント=約0.35ミリ)、120線の0.5%のアミ点から100%のベタまで、ハイライトからシャドウが綺麗に刷れるようになり、しかも 2,000インチ(50メートル)までの印刷可能な機械に仕上がりました。

また 用紙もワンタイムカーボンを上質紙に挟んでいたものから、裏カーボン、ファインコピー、ユニコート、ノーカーボンなど便利な紙が開発されました。50年間の技術の進歩は目覚ましく、これらもデジタル印刷の出現と同時に影が薄くなり、印刷分野でも、長きに亘って君臨してきたグーテンベルグのプレス時代からデジタル印刷時代にとって代わろうとしています。

わたくしが生まれ育った長崎県南島原市口之津町は、1562年開港で長崎港よりも8年早い貿易港だそうである。今年9月に開港450周年記念行事が盛大に行われました。

外国からは、イタリア、ポルトガル日本駐在大使がお見えになり、国内は小豆島の町長さん、議長さん、与論島の町長さんご夫婦もご参加いただきました。

1590年頃、遣欧少年使節団が口之津に持ち帰り、キリスト教布教に役立てたとされる、グーテンベルグの金属印刷機日本第一号機の複製機が加津佐の図書館に保存されています。

そんな事とは知らず、凸印刷一筋に研究開発をやってまいりましたが、12年ぐらい前に、世界印刷祭典ビジネスショウがビッグサイトで開催されました。同時に世界印刷技術者会議が開催かれ、私が事例発表をすることになり、その資料集めで事実がわかりました。

口之津に生れ育って、凸印刷の研究をここまでやってきたのも何かの因縁でしょう。

しかし、凸式印刷はオフセットの真似が出来ない良いものを持っているので、特長をお互いに活かしながら、印刷業界の発展に貢献したいと思います。

 

福田 学(ふくだまなぶ) 第5代会長 略歴

 

1938(昭和13)年 11月14日 長崎県口之津町(現南島原市)に生まれる
1957(昭和32)年 3月 長崎県立口加高等学校卒業
1957(昭和32)年 10月 東京都葛飾区、金子印刷に入社
ビジネスフォーム(コンピュータ用帳票)印刷に専念
1958(昭和33)年 4月 日本大学経済学部、夜学部に入学
1962(昭和37)年 3月 同卒業
1977(昭和52)年 2月 金子特殊印刷株式会社 退職
1977(昭和52)年 4月 三郷コンピュータ印刷株式会社を設立
1979(昭和54)年 ビジネスフォームの長尺印刷システム(スーパーフォーム)を発明
日本、アメリカ、ヨーロッパ、韓国、中国など多数の特許取得
1980(昭和55)年 長尺印刷システムの印刷機械創りに着手、日本全国、スーパーフォーム(最長50メートル印刷)の普及に努める
1991(平成3)年 MISATO COMPUTER PRINNTINNG USA設立
アメリカ、オハイオ州バンダリア市
2001(平成13)年 10月社会保険庁、国民年金保険料納付書印刷開始
それまで各地方ごとに取り扱いされていた国民年金の中央省庁による、年金一括状況把握に貢献
2003(平成15)年 日本高速道路公団、高速道路通行券全国80%を印刷
2009(平成21)年 現在、日本印刷連合会、印刷環境優良工場経済産業大臣賞審査委員、日本フォーム印刷工業連合会常任理事、環境委員長、公正取引推進委員会委員長、関東フォーム印刷工業会副会長、三郷市商工会理事、口加会会長
   
  趣味は車、オートバイ、写真など